小山田圭吾のいじめ発言、文春での釈明は本当か?

小山田圭吾が過去のいじめ発言を掘り返され、東京オリンピック開催式のメンバーを辞任したことは記憶に新しい。

日本中を巻き込んで炎上する騒ぎとなったわけだが、オリンピックが終わってしばらくしてから、小山田圭吾はいじめ発言の経緯と反省について文春のインタビューに答えている。

過去にいじめを受けていた側の僕からすると、そこで色々と考えさせられるところがあった。

というのも、実際にあったことと、ネットで吹聴されている内容には、かなり異なる部分があると感じたからだ。

 

そういうこともあって、現在においても擁護派から活動再開のフォローがなされているのだが、申し訳ないけれどアカデミックなアプローチをしていて非常にわかりにくい

僕は擁護派の人たちのように文化的教養はないので、彼らのフォロー解説が長ったらしくて最後まで読めなかった。

正直、これで世間の理解が得られるのかなというのが素直な感想だ(別にディスってるわけではなく、本当に長いし難しく感じただけ。活動自体は支持している)。

そもそも小山田の炎上に参加した人の多くは、SNSやワイドショーからの情報を見て、脊椎反射的に飛びついているような人が多い。当然、あんな長いブログ記事も読まなければ、大晦日のDOMMUNEの特番なんかも観ない。結局、身内やファンだけで「そうだ、そうだ」と言って終わってしまうんじゃないかと思ってしまうのだ。

 

少々前置きが長くなったが、今回は小山田圭吾のいじめ発言の釈明について、僕のように過去いじめられていた側の人間から見て思うところを書いていく。

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小山田圭吾の炎上について

小山田圭吾のいじめ発言についてだが、その内容が掲載されていたのが『ロッキング・オン・ジャパン』『クイックジャパン』という若者向けのカルチャー誌だ。

小山田がいじめについて語っていたのは90年代中期で、内容も今考えると絶対にNGと言えるようなものである。要は『イジメ自慢』をしていたのだ。

僕がそれを知ったのは00年代前半で、当時は2ちゃんねるで話題になっていた。といってもユーザー数も今ほど多くはなかったし、SNSもない時代だったので、炎上することもなかった。

しかし、誰もがスマホで情報を共有する令和という時代においてはワケが違う。

小山田圭吾が自国のオリンピックの開会式のメンバーに発表されるやいなや、たちまち過去の悪行が拡散されて炎上することとなってしまった。

炎上したポイント
  • 障がいを持つ同級生をイジメていた
  • いじめの内容が非人道的だった
  • その同級生に謝罪した形跡なし
  • オリパラの関係者として相応しくない

オリンピック・パラリンピックが国際的な平和の祭典ということもあり、国民はそれを決して許さなかったのだ。

いじめられた側が小山田圭吾の釈明に思うこと

東京オリンピック・パラリンピックが閉幕した後、小山田圭吾は週刊文春を通してイジメ発言をするに至った経緯と反省の弁を語っている。

特になぜあのような発言をしたかについては、90年代というサブカルチャーの盛り上がり方を考えれば個人的には納得のいく内容となっていたように思う。

ちなみに僕はコーネリアスもフリッパーズ・ギターも好んで聴く只の音楽好きだ。

しかしながら、中学の頃にいじめに遭った経験もあるので、だからといっていじめ発言について無条件で許せるほどノーテンキではない。ただ、これまではネットの風説をいちいち深刻に捉えていなかっただけで、音楽と人間性は切り分けていたために気にしていなかった。

その上で、僕は小山田圭吾が語った真相について、僕なりに納得するところがあったのでそれを伝えたい。

彼が語った一部を引用するとこうある。

――「全裸にして紐で縛って、オナニーさせて、ウンコを喰わせた」のは事実?

「たぶんその話が一番拡散されてしまっているのですが、事実ではありません」

――どこが違うのですか?

「自慰行為に関しては、中学の修学旅行のときのことでした。留年して同じクラスだった上級生と、僕は一緒の部屋でした。友だち数人とプロレスごっこをしていると、そこにその上級生が部屋に入ってきて、同級生の一人を裸にしたり、紐で縛ったり、自慰行為を強要したのです。行き過ぎた行為でしたが、怖くて止めることができず、傍観者になってしまったことがありました」

――「ウンコを喰わせた」というのは?

「排泄物に関しては別の話です。小学校の頃、何でも落ちているものを口にしてしまう同級生がいました。枯葉とか蟻んことか。その彼が下校している時に、道に落ちていた犬のウンコを食べて、ぺっと吐き出して、それをみんなで見て笑っていたという話をしたんです」

――自ら手を下したわけではないということ?

「僕が強要したり、行わせたわけではありません」

――では実際に行ったイジメはどれでしょうか。

「ロッカーに同級生を閉じ込めて蹴飛ばしたこと。それと小学生の頃、知的障がいを持った同級生に対して、段ボールの中に入れて、黒板消しの粉を振りかけてしまったことがあったのは事実です。相手の方には、本当に申し訳ないことをしたという思いです」

出典:週刊文春(電子版)

小山田が通っていた和光学園がどうだったかはわからないが、その言葉からは昭和の学校生活のノリが結構リアルに語られていると感じた。

小山田の年齢を考えると、上級生が乱入してきて無茶苦茶するというのは、当時、どこの学校でもあったのではないだろうか。ちなみに僕は40代半ばだが、そういうことは日常茶飯事だった。

障がい者との接し方についても同じだ。

今では『支援学級(昔は養護学級と呼ばれていた)』に入るような子も、同じように普通学級で学ぶことは当たり前のようにあったし、そういう子をおかしな目で笑う同級生もたしかにいたことを覚えている。

そして、それを脚色して話したというところも、実に素直で正直に語られていると思う。

 

僕も同じだった。

僕も中学の頃、いじめに遭っていたが、その加害者のカツアゲに付き合わされた経験が何度かある。わざわざ違う街まで電車でいき、人数で相手をビビらせるための頭数として付き合わされるのだ。

もちろんそこで何をするわけでもなく、ただそいつの餌食になる人間を傍観者として眺めているだけなのだが、今回の小山田の話には非常に共感を覚えるし、同じような立場を経験した者として非常にリアリティを感じる。

それだけあの頃の学校生活というのは暴力こそが正義だったのだ。

そんな僕が地元から離れた私立の高校に進学した時、あまりにも周りが平和で驚いた。高校に行ったらもっとバイオレンスな学校生活(『ビー・バップ・ハイスクール』みたいな)が待っていると思ったからだ。

今だから告白するが、高校に行った僕は、自分がいじめられてることなど微塵も出さず、「カツアゲに行っていた」「毎日殴り合ってた」などと全く逆のことを言うようになったのだ。

 

繰り返すが、僕はイジメられる側の人間だ。

しかし、そう言ってしまっていたのはどうしてか?

暴力に怯え、屈しながら、「自分にも同じ力があれば…」と、どこか憧れる部分を持っていたから。

あの頃の学生たちにとって、暴力というのはそれだけ高いステータスだったからだ。

いじめられていた自分でさえそうだったのだ。

だから小山田圭吾が文春で語った内容は、結構それが『話の真実』なんじゃないかと思わされてしまった。

 

擁護派からは色んなフォローが見られるが、正直、文春のインタビュー以上の話はないと思えるくらい、小山田の口から誠実な話が伝えられていると僕は感じた。

その言葉をどう捉えるかは人によると思うが、これまでコーネリアスの音楽を聴き、90年代に音楽誌を読みまくってきた僕からすると、加害者としていじめを扇動する人間像より、いじめを傍観している人間像の方がより小山田の人間像として近い。

改めて考えてみると、そっちの方が腑に落ちるのはたしかだ。

要するに、率先してダイナミックないじめをやるタイプではなく、そういうことを妄想してイキる陰キャの方が小山田像としてしっくりくる。

ずっと小山田圭吾の活動を見てきた音楽ファンなら、なんとなく共感してもらえるのではないだろうか。

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リップサービスから出た錆

他にも、「なぜそんなことをインタビューとして語ってしまったか」「それを雑誌がなぜ掲載したか」「どうして炎上を知りながら謝罪をしてこなかったか」についても、小山田圭吾は文春のインタビューに詳しく答えてる。

結論から言うと、それらも納得できる内容だった。

――そもそもなぜ雑誌で、過去の“イジメ”を語ったのでしょうか。

「当時はそれまで同級生の小沢健二と組んでいた『フリッパーズ・ギター』を解散し、『コーネリアス』としてソロで活動を始めた頃でした。自分についていたイメージを変えたい気持ちがあった。そこで敢えてきわどいことや、露悪的なことを喋ってしまいました」

――自分のイメージとは?

「当時、アイドル的というか、軽くてポップな見られ方をしていました。極めて浅はかなのですが、それをもっとアンダーグラウンドの方に、キャラクターを変えたいと思ったのです」

出典:週刊文春(電子版)

『高校デビューや大学デビューをする陰キャの思考』そう考えればわからなくもない。

 

90年代のコーネリアスの活動を見てきた僕の意見としては、小山田圭吾というアーティストは流行への情報感度が異常なくらい高い。他のアーティストが嫉妬してしまうくらいセンス抜群なのだ。

たとえば『The First Question Award』という渋谷系のアルバムから『69/96』というアングラ・インディーズ感満載のアルバム。そこからさらに『FANTASMA』というエレクトロニカとロックを融合させたアルバムへの進化には、当時驚かされた音楽ファンも多く、実際どの音楽雑誌もCORNELIUSへ高い評価と賛辞を送っていた。

あの頃のサブカルブームを上手く商業音楽として取り入れ、しかもめちゃくちゃ若者からの支持も得ていたのだから、そのセンスがいかにずば抜けているかは言うに難くない。

 

しかし、その感度の高さゆえに、90年代のサブカルにあった『鬼畜ブーム』にも乗っかったしまったことが、20年以上経った現在まで尾を引いている。

当時は電気グルーヴだって似たようなものだったし、ファンもそういう文化を楽しんでいた時代だった。当然、今は価値観が変わってしまったし、改めて考えてもあの頃が異常だったと言わざるを得ない。

ただ、その時代に合わせたリップサービスがここまで残るとは、本人も思わなかっただろう。

「その時々で話題になっていることは知っていました。ただ2ちゃんねるやブログに、どのように対応すれば良いか分からなかったのです。正直、自分から取り上げることで、話が大きくなってしまう恐怖もあり、なかなか一歩を踏み出すことが出来ませんでした」

出典:週刊文春(電子版)

炎上で小山田のことを知った人からは、このことに対して「もっと早く謝罪すべきだった」という声は本当に多い。そして、それに賛同する人もすごく多い。

僕もそれは思う。

でも、2001年からずっと2ちゃんねるを見てきた僕が少しだけ彼を弁護すると、東京五輪のような大きな炎上から比べると1/100程度のものだったと記憶しているし、文春で彼が説明している当時の小山田圭吾の陰キャぶりを考えると「なかなか一歩を踏み出せなかった」というのはわからなくもない。

ただ、彼の才能が幅広い層から支持されたことによる社会的影響力を考えると、どこかで過去の精算はしなきゃいけなかったことも否めない。

東京五輪の開催式がそのきっかけとなり、彼の黒歴史は思わぬ形で噴出してしまった。

 

そして、めちゃくちゃにバッシングされ、彼の音楽活動はすべて白紙に帰してしまう。

「フジロックは自分から辞退を申し出ました。自分が出演すると混乱を招いてしまいかねないということもありますし、満足のいくパフォーマンスが出来る自信はありませんでした。8月には自分が参加しているグループのアルバムが発売される予定でしたが、それも発売中止になりました」

――ではいま仕事は?

「本当に白紙です。自分の過去の過ちに改めて向き合い、知人に頼んで障がい者の方も含めた、人権問題に取り組んでいる心療内科の先生を紹介して貰いました。今回、障がい者団体の方からも厳しいお叱りを頂きました。自分に何が出来るか、先生に時間を作って頂き、相談しているところです」

――楽曲制作は?

「自分は音楽をずっとやってきたので、音楽を続けたいという意思はあります。けれども、自分の作品をすぐ作れる心境には、今はまだありません」

出典:週刊文春(電子版)

もう十分ではないだろうか。

彼から奪えるものは何もない。

それに、これ以上国民全体で非難しすぎるのは、社会にとってもあまりよくないなと思っている。

これからその理由を書いていこう。

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批判する気持ちがありつつも…

非常にデリケートな話なので改めて伝えておくと、小山田圭吾を批判する人の気持ちはよくわかる。

実際、コーネリアスも小山田圭吾も知らない人たちからすると、『障害者をいじめていた人物』というレッテルから「何も聞く耳を持たないし、持ちたくない」という心情になる人もいるだろう。僕だって、よく知らない人物にそんな先入観を持ってしまったら、わざわざ深く関わろうとしないかもしれない。

だから、「それでも小山田圭吾にネガティブな印象を持ってしまう」というのであれば、それは仕方ないことだと思う。

 

ただ、小山田圭吾のいじめ発言についてこの先も問答無用で批判するというのは、さすがにちょっと違うのではないだろうか。

良識のある人間がすべきことではない、そう思うからだ。

問答無用で小山田の才能を封じ込め、復帰の機会を奪ってしまっては、我々自らが冷たい社会を作ることになってしまう。

 

また自分の話をして申し訳ないが、僕がいじめに遭っていた時、僕の心を唯一慰めてくれたのが『音楽』だった。

現実にはいじめから助けてくれるヒーローなんていない。同級生も見て見ないふりだ。この絶望感・失望感は経験してみないとわからない。

こうやって過去を思い出すだけでも胸が苦しくなってくる。きっと、同じような経験をした人も多いだろう。

そんな当時の僕の苦しい気持ちを軽くしてくれたのが音楽だったのだ。あの時、音楽がなければ、もっと深い絶望の世界に閉じ込められることになっていたと思う。

だから、いじめで辛い経験をした人が『過去にいじめをしていた人』の活動を見て、フラッシュバックから嫌悪感を抱いてしまうのも本当によくわかる。

ただ、小山田圭吾の音楽的才能やその活動が、また別のところで誰かの心を救っている側面もあるということについては理解を示してあげてほしいと思うのだ。

 

文春のインタビューを読むと、実際の彼は傍観者だったと告白しているし、誠実に当時のことを語り、反省もしている。

その上で、昭和という時代の学校生活を考慮することなく、これ以上彼を批判したり叩いたりしてしまうと、それこそがいじめになってしまう。

そして、いじめられていた側も傍観していた側も、いじめる側に回ってはいけないというのが、今回、僕がいちばん言いたかったことだ。

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正義に偽装した卑怯なエゴ

小山田圭吾がオーバーグラウンドで活動することに難色を示す人がいるのは仕方がない。

しかし、小山田圭吾の活動すべてを否定して、コーネリアスの音楽が誰かの心の拠り所になる可能性を摘んでしまったり、彼の音楽的才能を封じ込めたりしてしまうのは、やはりやりすぎだと感じてしまう。

小山田はすでにあの頃の小山田ではないし、文春で明かした彼の言葉と反省も信じたい。

その上で、類まれなる音楽の才能を通して社会貢献をしていって欲しいし、そんな彼の更生の余地を持てる温かい社会であって欲しいと願っている。

もし、人が人の更生を阻止するようになったら、この世は益々冷たく生きにくい社会になってしまうだろう。我々にとってそれは、不利益で非生産的な活動と言わざるを得ない。

 

僕はいじめられる側の人間だったが、たしかに10年くらいはそのことを引きずっていた。

もし今の時代に僕が20代前半くらいの年齢だったら、あの炎上に乗っかって叩きまくってる自信がある。ブログの内容だって真逆のことを書いているに違いない。

こうして大人ぶったことを述べてても、人間なんてそんなもんだ。

でも、僕もいつまでも過去で立ち止まっているわけにはいかないし、いじめられてた側も、いつまでもいじめたきた奴をどうにかしてやろうとは考えてない。

だから赤の他人が正義感を持ち出して、すでに風化しつつある負の歴史を叩いたところで、当人たちからしたら「マジでどうでもいい」と思ってるんじゃないかな。

そんな炎上に加担するくらいなら、今、学校に通っている子供たちの間でいじめが起きないような運動をするほうがよっぽど建設的だし有意義だ。

それをせずにSNSなどで目に飛び込んできた有名人の過去を叩く行為など、『正義に偽装した卑怯なエゴ』でしかない。

ただエゴを満たすだけの行為なんざ、誰にとっての利益にもならないのだ。

 

先に書いた通りだが、自分がいじめられている時、周りにクラスメイトがいたけれど、友達もクラスの人気者も誰も助けてくれなかった。

皆、加害者が怖いのだ。

当時はそんなことがわからないから、ただ失望し、絶望する。

彼らは彼らで、その時に勇気を出せなかった自分自身に嫌悪感を持つ。

そして、そのフラストレーションの行き場こそが、あの小山田圭吾の炎上だったりするわけだ。

 

だから。

知り合いがいじめられていることに目を背け、安全地帯から手を差し伸べもしなかった人間が、どこから湧いてきたかわからない正義感だけで、ネットで炎上しているいじめの加害者に石を投げる姿というのは、いじめられていた側からすると非常に滑稽に映ってしまう。

本音を言うと、少しくらいはスッとするかもしれないが、それが問題解決の本質ではないことはわかっておいてほしい。

そんなナンセンスなオーバーキルに時間を使うのではなく、今、現場で起きている問題をなんとかしようと行動に移してこそ、いじめがなくなっていくのではないだろうか。

あとがき

冒頭で他の人のブログが長ったらしいと言ったわりには、自分も長くなってしまった。。

それだけ、この問題が深いということなのだろう。「真摯に活動しているのにぽっと出がディスりやがって」と思われた方々、どうも申し訳ありません。

実際、彼らの地道な活動がなければ、僕もこの記事を書こうと思わなかったわけなので、今回の話を読んで何かを感じてもらったのなら、それは完全に彼らの活動なくしては成り立たなかったものだ。

ただ、小山田圭吾の炎上について【論理的に物事の整理をしたい人】と【感覚的に本質だけをつかみたい人】がいると思ったので、(自分と近い)後者の強い関心を引き出すためのアプローチとしてあのような表現を用いたことはお詫びさせていただきます。

 

ということでまとめだが、国民から思い切りバッシングを受けたこと、それに対して文春のインタビューで真摯に答えたこと、これで小山田圭吾の過去の精算は終わってしまっていいと思う。

そして、小山田圭吾が過ちを反省し、自身の才能を活かして社会貢献に尽力したいというのなら、温かい社会を作る一人としてそれを見守るくらいの余裕は持つつもりだ。

そうでなければ、この世は『人が人を許せない息苦しい社会』へと進んでいって、結局、自分自身の首をしめることになってしまうからね。

 

それに実際問題として、小山田が復帰してもおそらく多くの人の理解は得られないだろう。

それは、小山田自身が何よりも感じていることだ。

「それでも」と前に進む時は、彼の中にそれ相応の誠実さと覚悟があることは間違いないと見ていい。

いじめた側も、いじめられた側も、傍観していた側も、過去を精算して前に進め。

人は変われる──。

その希望だけは常に持っておきたいと思う。

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